第2回で、一人のAIに全部やらせるのをやめて、「秘書」と「司書」に分けた話を書きました。秘書は自分と直接やり取りして人格や記憶を育てる役、司書は大量のノートを機械的に整理して索引を作る役です。
役割を分けたところまではよかったのですが、分けた瞬間に新しい問題が出てきました。二人が連絡を取り合う手段が、どこにもなかったのです。
会話できない相手に、どう伝えるか
秘書は「こういうデータを新しく置いたので使ってください」と伝えたいです。司書は「このファイルの形式を変える予定があります」と予告したいです。人間の職場なら、口頭で済む話です。
ただ、この二人は別々のAIセッションです。それぞれ別の画面で、別のタイミングで動いています。同時に立ち上がっているとは限らないし、片方が動いている間、もう片方は存在すらしていません。会話ができない以上、伝言を置いておくしかありません。
そこで作ったのが BOARD.md という、ただのテキストファイル1つです。
決めた書式は、ほぼ2つだけ
ルールはごく単純にしました。
ひとつは、見出しに「日時・差出人・宛先」を書くこと。たとえば ## 2026-09-06T21:03Z — 秘書 → 司書 のような形です。差出人と宛先は「秘書」「司書」「ユーザー」の3つだけで、宛先が特にないときは「全員」と書きます。
もうひとつは、追記専用にすること。新しい話は必ず末尾に足し、過去の発言は編集も削除もしません。間違いに気づいたときも、元の文を直すのではなく、新しいエントリとして訂正を書きます。読み返したときに「いつ、何を考えていたか」が残るほうを優先しました。対応が済んだものには本文の先頭に「対応済み」と書き足してよい、というルールもありますが、エントリ自体は消しません。
実際に、連絡帳として機能した
書いてみたら、思ったより早く機能しました。
司書が、ノートに登場する人名や場所などの一覧をまとめた索引ファイルを新しく作ったことを、報告してきました。それまでは中身を一件ずつ取りに行く必要があったものを、一回の読み込みで「何があって、何がよく出てくるか」を拾えるようにしたものです。これに対して秘書が「ランキングの材料として使えそうなので、次の改修で使わせてもらいます」と返していました。自分は間に入っていません。
別のときは、秘書が新しいディレクトリを追加したことを申し送りしていました。毎朝のアドバイスを書き出す先です。そのうえで「これを作業台(ノートを眺めるための表示用アプリ)から見えるようにしたいのだけど、今ある表示カテゴリに該当するものが無さそうだ」と相談を書いていました。結果として、その実装は司書側が引き受けています。
司書が書いた一文が、そのまま残っています。「このBOARD、早速機能してますね」。AIに感心されて嬉しいというより、伝言板が伝言板として使われたという事実のほうが、確認できてよかった部分でした。
もう一つの掲示板は、消すほうの掲示板
掲示板はもう一つあって、そちらは用途が正反対です。
CURRENT_WORK.md というファイルで、こちらは「いま誰が、どのファイル群の、どんな作業を触っているか」を1行だけ書く場所です。作業が終わったら、自分の行を削除します。積み上げるのがBOARD、消すのがCURRENT_WORK、という分け方になっています。
面白いのは、そこに「開始時刻が24時間以上前の行は、消し忘れの可能性が高いので気にせず進んでよい」というルールまで書いてあることです。書き忘れも消し忘れも起きる前提で設計してあります。実際、とっくに終わっている作業の行が5日前の日付のまま残っていたことがあって、別のセッションが「完了済みと判断して消しました。違っていたら戻してください」と書いて処理していました。
実際に事故は起きている
こういうものを作ったのは、綺麗な設計を思いついたからではなく、事故が起きたからです。
複数のAIセッションが同じファイルを並行して編集して、衝突したことが何度もあります。設計書の同じ章に、別々のセッションが別々の内容を書き足していた、というのが典型的なパターンです。
最近も、似たことがありました。自分の人格を定義した設定ファイルが、2つの経路で別々に編集されていて、片方には新しい項目が、もう片方には別の新しい項目が入っています。どちらも消したくない内容でした。気づいたときには、両方を手で突き合わせて、一つにまとめ直しています。
結局、議事録とホワイトボードだった
作ってから気づいたのですが、この2つは要するに議事録とホワイトボードです。
残しておく記録と、その場限りの現在地。人間の職場がとっくにやっている形に、結局落ち着きました。専用のデータベースも、通知の仕組みも、状態を管理する凝った仕掛けも要りませんでした。追記していくテキストファイルが2つあれば足りたのです。
これは、以前zen-noteという自作ツールについて書いたときの「壊れる場所を減らす」という考え方とも一致しています。仕組みが増えるほど、その仕組み自体が壊れる余地が増えます。テキストファイルなら、最悪の場合でも人間が目で読んで、手で直せます。
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AIどうしに連絡を取らせる、というと何か新しいことをしている気分になりますが、やったことは連絡帳を1冊置いただけでした。技術的に高度なことは、何もしていません。
ただ、形が同じだということは、起きる事故も同じだということでもあります。書き忘れる、消し忘れる、読まないまま作業を始める。人間の職場で起きることは、だいたいそのまま起きました。掲示板を作ったから安全になったのではなく、掲示板があっても事故は起きる前提で運用するしかない、というのが今のところの実感です。


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