iOSは便利すぎて、気づけばSNSかブラウザを開いてしまいます。だから、閉じられた空間を持つ、自分だけの執筆専用端末が欲しいとずっと思っていました。ポメラのような単機能デバイスの発想に近いのですが、既製品を買うのではなく「中のプログラムを自分で書いて、自分だけの仕組みを作る」ことにこだわりたいと考えていました。
譲れなかった要件は、フルサイズキーボード(HHKBの手持ち資産をセパレート接続)で快適に日本語が打てること、起動に1分程度は許容すること、iA Writerのzenモードのような「一気に排出する」執筆体験、そして見た目より操作性重視のCLIベースであることです。
ここから実際に構成が決まるまで、何度も方向転換することになりました。
Dell Wyseからの離脱
最初に検討したのは、中古シンクライアント(Dell Wyse 3040)の流用でした。ですが調べていくと、Cherry Trail世代特有の「32bit UEFIブートローダー問題」が出てきます。サスペンド(S3)にも対応していない可能性が高く、電源仕様も5V版/12V版の2種類あるとわかった時点で、いったん保留にしました。
電源計算で見えた限界
並行して、バッテリー駆動時間も試算していました。Wyse 3040の消費電力実測ベースで計算すると、10,000mAhのモバイルバッテリーでも実質3〜4時間程度。「長時間駆動には向かない」という気づきから、SBC(シングルボードコンピュータ)自体を見直す方向に切り替えました。
Raspberry Pi系か、省電力SBCか
Raspberry Pi 3系の消費電力の低さとGPIOエコシステムの厚さから、Piに優位性を感じていました。ただ、Pi Zero 2 Wは品薄で入手困難、Pi 3B+も在庫枯渇(生産終了)という現実に直面します。
Orange Pi等の中華系SBCも検討しましたが、ここで「技適の壁」にぶつかりました。電波法上、技適未取得のWi-Fi機器は日本国内で使用できません。この時点で、選択肢がかなり絞られていきます。
ESP32ルートへの挑戦と、その難しさ
もう一つの選択肢として、以前作った自作Pomera(CardKB2×ideaspark)の実績を活かし、ESP32ベースで安価に実現するルートを模索しました。ここが、一番長く迷走した時間です。
Sunton系のCYDボードを見つけましたが、USBホスト機能の有無がボードごとにまったく違うことがわかりました。あるボードは公式にUSBホスト非対応と明言されていて、別のボードは非公式ながらコミュニティでの実装成功例がある、という状態です。
「はんだをできるだけ避けたい」という制約のもと、USBホスト機能を外付けチップ(CH9350L)に肩代わりさせる案も検討しました。ですが、国内で買えるのはIC単体(0.5mmピッチのLQFP48)で、はんだ付けの難易度が一段違います。ここで、「自作キーボードレベルのはんだ(スルーホール、ピンヘッダー)はできても、0.5mmピッチのSMD ICは別次元だ」という自己認識に至り、無理をしないという判断をしました。
スイッチサイエンスでUSBホスト公式対応のESP32-S3開発ボードを見つけ、3.5インチSPI液晶と組み合わせる構成まで検討は進んだのですが、次の寄り道が待っていました。
電子ペーパーへの憧れと、その限界
E-Inkの「紙のような質感」に強く惹かれ、複数の電子ペーパー端末を探しました。理想的に思えたM5PaperS3は、国内外の代理店すべてで生産終了・実質入手不可能。Inkplateシリーズも、標準ラインナップは無印ESP32ベースでUSBホスト非対応。読書専用機はそもそもキーボード接続に対応していません。
「はんだレス」「USBホスト確実」「電子ペーパー」を同時に満たす選択肢は、少なくとも今の市場には見当たりませんでした。
はんだ失敗という転機
ちょうどこの頃、実際にはんだ付けで大きく失敗する経験がありました。「今回ははんだを避けたい」という制約が、ここで一気に明確になります。ESP32ルート全体(USBホストの非公式実装、ICチップのはんだ付けなど)の心理的なハードルが、この失敗を境に見直されることになりました。
Raspberry Piへの回帰
「実際に使いたい」という目的を最優先に据え直したとき、答えはRaspberry Piに戻ってきました。標準でUSBホスト機能があり、挿すだけで動く。フルLinuxディストリなので日本語IMEもすぐ使える。GPIOヘッダー実装済みのモデルを選べば、はんだも完全に不要です。
Pi Zero 2 Wはやはり在庫が全滅していましたが、GPIOヘッダー実装済み・はんだ不要・Wi-Fi/Bluetooth標準搭載・技適対応のRaspberry Pi 3 Model A+に着地しました。秋月電子の在庫は配送が遅かったため、結局Amazonで単品・送料込みのほうが安く買えることが分かり、そちらで購入しています。
ディスプレイの選定
予算¥3,000程度で5インチを探しましたが、5インチクラスはRGBパラレル接続が主流で、安価なSPI接続モジュールがほとんどありません。最終的に、GPIOに直挿しできてはんだ不要のWaveshare 3.7インチ e-Paper HAT+(¥3,652、白黒赤黄4色)に決めました。フルリフレッシュ20秒というスピードは「タイプライタースクロール」には正直遅いのですが、行を確定するごとに部分更新する設計にすることで許容する方針にしています。
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こうして振り返ると、「安さ」を追うたびに、別の技術的コスト(USBホストの自前実装、はんだ付け、品薄対応)を払う羽目になる、という構図に何度も出くわしました。ESP32ルートとRaspberry Piルートの価格差は、結局のところ「調査とトラブルシューティングに費やす時間」というコストとのトレードオフだったように思います。
そしてもう一つ、「実際に使いたいのか、作る過程を楽しみたいのか」という問いが、最後は機材選定の分水嶺になりました。今回は「実際に使いたい」を優先し、Raspberry Pi 3 A+に着地しています。実際に電源を入れるところからの話は、起動記に書きました。


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