手書きしたくなる瞬間には理由がある

行動観察・思考法

先日、iPadのメモアプリに新しく追加された「Paper Color」というテーマと、ウィークリービューを眺めていました。そのとき、急に大きな紙に手を動かして書きたくなりました。

キーボードの速度に不満があるわけではありません。むしろタイピングの方がずっと速い。それなのに、あの瞬間だけは明らかにペンが欲しかったのです。

しばらく考えて、「速度」の話ではないと気づきました。欲しかったのは、情報を俯瞰できる広さと、まだ言葉になっていないものを好きな場所に置いておける自由さでした。

テキスト入力は、基本的に上から下へ一本道で流れていきます。頭の中にあるものがまだ「順番」を持っていないうちは、この一本道に無理やり並べること自体がストレスになる。手書きの大きな紙なら、右上に思いついたことを書き、左下に関係ありそうな別のことを書き、あとで線でつなぐ、ということができます。

文章になる前の段階のものを、文章の形式を強制せずに置いておける場所。それが欲しかったのだと思います。

言語化が一段進んで、「これは順番のある文章にできる」という状態になれば、キーボードでも困りません。実際、この文章もキーボードで書いています。手書きが必要なのは、思考がまだ塊のまま、順番も因果関係も定まっていない段階だけです。

道具を「好み」で選んでいるつもりでした。実際には、思考がどの段階にあるかで、無意識に道具を選び分けていただけらしい。

手書きの衝動が来たとき、それ自体が「まだ言葉になっていないものがある」というサインなのかもしれません。次に同じ衝動が来たら、無理にテキストに変換しようとせず、まず紙に散らかしてみようと思います。

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