言葉を選ぶ、ということについて、ずっと考えている時期があります。
人に何かを伝えるとき、どの言葉を使うかで、相手の受け取り方はまったく変わる。その延長で、人を育てるという行為そのものについても考えるようになりました。
最初は「自分が正しいと思うことを、うまく伝えて相手を変えたい」という発想でした。うまくいきません。正しさを渡そうとすればするほど、相手も自分も苦しくなっていきます。
最近は少し距離感が変わってきました。「自分が育てる」のではなく、「自分との関わりが、何かのきっかけになってくれたら嬉しい」くらいの温度です。
この違いは、思っているより大きいです。「育てる」という言葉には、相手を変える主体は自分だ、という前提があります。「きっかけになる」という言葉には、変わるかどうかは相手次第で、自分にできるのはその材料を渡すことまで、という前提がある。後者の方が、明らかに気が楽で、しかも実際にうまくいきます。
説明力を鍛えることより、相手が何を目的にしているかを先に聞く方が効く、という場面にも最近よく出会います。うまく説明しようと力むよりも、相手が今どこを見ているかを先に確認した方が、結果的に伝わる。これも「育てよう」というスタンスをいったん脇に置いたときに、初めて見えてきたことでした。
マネジメントという言葉には、成長を直接作り出すようなニュアンスがあります。実際にできることは、もっと控えめで、きっかけを置いておくことくらいしかありません。
それで十分なのかどうかは、まだ分かりません。ただ、そのくらいの距離感の方が、相手にとっても自分にとっても、長く続けられる気はしています。


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